Ikegami TECH
2025.01.15
Ikegami TECH vol.39 放送用カメラの望遠 ~遠くのものを一瞬にして拡大する技術~

放送用カメラの望遠 ~遠くのものを一瞬にして拡大する技術~
スポーツ中継やヘリコプター中継で非常に遠くから、大きく拡大された映像を見ることがあると思います。このような中継では、望遠撮影用のカメラが使用されます。望遠撮影の主役は何と言ってもレンズなのですが、今回はレンズに加えカメラ側の技術も紹介します。
国内において、本格的に望遠テレビ中継が始まったのは1964年の東京オリンピックです。当時はまだ、放送に使えるズームレンズは無く、複数の固定焦点レンズをターレットと呼ばれる円盤上に並べ、回転させてレンズを変えることで必要な画角を得ていました。そのため、回転させる瞬間は他のカメラの映像に切り替える必要がありました。
この時のカメラがNHK放送博物館に保存*されています。
現在では、焦点距離1000㎜を超える、4K放送用ズームレンズが各社より発売されています。ズームレンズの利点は、広角側から望遠側にズームアップする間もシームレスに映像出力できる点にありますが、移動する被写体を逃がさないという撮影側への利点もあります。ターレット式のように、急に画角が変わると撮影者が被写体を見失ってしまうこともありますが、ズームならその心配はありません。
テレビカメラレンズの倍率で良く誤解されるのが、双眼鏡との比較です。双眼鏡では、肉眼で見る大きさを基準として、そこから何倍拡大されるかを倍率として表記します。
例えは、図1のように10mの距離から見た木の高さが、100mで同じ大きさに見える双眼鏡の倍率は10倍となります。

一方で放送用レンズでは、18倍の**18×28と27倍の**27×7.3では、それぞれの最長焦点距離は18×28=504㎜と27×7.3=197.1㎜となり、18倍レンズの方が27倍レンズより望遠で撮影ができ、単純に倍率で望遠性能は語れないことが判ります。(**はメーカー型名)
35㎜スチルカメラでは肉眼に近い画角の焦点距離は50㎜と言われています。これを基準にして”35㎜換算で何倍”という表現が使われることもあります。望遠にはイメージセンサーが小さい方が焦点距離では有利なのですが、 イメージセンサーサイズが小さくなると、そこに結像させるレンズの解像度(MTF)を高くする必要があります。レンズには軸上色収差があるため、長い焦点距離で高い解像度を得ることは簡単ではありません。また、イメージセンサーが小さいと、センサーの感度が落ちてしまい夜間など暗い場所での撮影に適さなくなります。焦点距離が長いレンズは、もともと最大口径比(後述)が大きいので、ますます不利になります。このため、放送用では焦点距離と感度のバランスの良い2/3型が使われることが多いです。
2/3型放送用レンズには、×2エクステンダーを内蔵するものがあります。×2エクステンダーとは、見かけ上の焦点距離を2倍にするものです。この内蔵エクステンダーはワンタッチで操作でき、咄嗟に映像を拡大したい場合に便利です。ただし、レンズの入射光量は変わらないため、映像を拡大することで結像する明るさが1/4に暗くなってしまいます(図2参照)。


最近では、2/3型の放送用カメラにおいて、4K画素(3840×2160)のイメージセンサーの中心の2K部分(1920×1080)を切り出し、ドットバイドットでHD映像とするものが出てきました。これはカットアウトと呼ばれています。この方法は、×2エクステンダーと違い結像の明るさが暗くなりません(図3参照)。ただし、この方法では解像度の高い4Kレンズを使用する必要があります。

×2エクステンダーとカットアウトを組み合わせることで、これまでの2倍(併せて4倍)の望遠を実現するカメラもあります。図4はヘリコプター中継に多く使われる46倍レンズの例です。×2エクステンダーとカットアウトの併用で184倍の望遠を実現しています。

このように、放送用カメラでは容易に長距離を撮影することができるようになりましたが、長距離の撮影では、霧や霞といった気象の影響を強く受けることがあります。これを解消するため、画像鮮明化技術が開発されました。画像鮮明化については、Ikegami TECH Vol.31 画像の鮮明化**で解説していますので、ご興味ある方はご覧ください。
図5は、30km離れた地点から海上の漁船を撮影した例です。目視では霞が掛かって見えない映像が、画像鮮明化により見えるようになります。

この他、ズームレンズにはFドロップといわれる、望遠側で光量が落ちる現象があります。レンズの明るさを表す指標は、Fナンバーや最大口径比と呼ばれます。これは、焦点距離をレンズの前玉の有効口径で割ったものです。例えは、焦点距離が100㎜で有効口径が50mmのレンズは100÷50=2.0となり、Fナンバー F2.0または最大口径1:2.0と表現されます。この数値が小さい程、明るいレンズとなります。ズームレンズの場合、レンズの有効口径は変わらず、焦点距離だけ変化するため望遠側で最大口径比が落ちてしまいます。これにより、ズームするほど映像が暗くなる現象が起きます。例えば、前述のヘリコプター中継で使われる46倍レンズでは、広角端の最大口径比は1:2.8ですが、望遠端では1:5.5と1/4程度の明るさになってしまいます。これはレンズIRISでは約2ストップの明るさが落ちることになります。このため、レンズIRISが開放側でズームするとIRISだけでは映像を明るくすることできず、画面が暗くなってしまいます。これを防ぐため、近頃ではレンズのFドロップに応じ感度を上げるFドロップ補正機能を持つカメラが出てきました。レンズの望遠側ではFドロップに加え、画面4隅がシェーディング状に暗くなる現象もあるため、併せて補正することができます。この補正機能の効果を図6に示します。補正により、感度を上げ四隅のシェーディングが解消しているのが判ります。

このように放送の望遠中継ではレンズとカメラが双方の特長を生かすことで、解像度や明るさ等のクオリティを保ちながら、臨場感の高い映像をお届けしています。
*NHK放送博物館の2IO分離輝度方式カラーカメラについては以下ご参照ください。
https://www.nhk.or.jp/museum/book/televisioncamera/item07.html
**Ikegami TECH Vol.31 画像の鮮明化 ~見えにくいものを見やすくする技術~ Part2 をご参照ください。