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Ikegami TECH

2023.02.15

Ikegami TECH vol.16 温故知新 ~放送設備のIP化を考える~(2)

温故知新 ~放送設備のIP化を考える~(2)

前回のコラムでは、「放送設備のIP化」にとって「マルチキャスト通信」がキーとなる技術である事、そこからST 2110 という伝送規格、その重要な要素技術である「PTP = Precision Time Protocol」に触れました。今回は、特に放送技術の心臓部である「同期結合」がIP化ではどのように実現されるのか?そこから日本の放送技術の未来予想図を描いてみたいと思います。

PTPが大いに注目されるようになったきっかけは金融業界、例えば証券取引所で機関投資家のどちらが速く値を付けたのか?それまでの「NTP = Network Time Protocol」では到底判定出来ないナノ秒レベルの差異が時には何億ドルもの大きなビジネスチャンスを左右する世界、そこでは1ナノ秒でも高速に処理できる情報インフラ開発に惜しみない資金が投下されていきましたが、NTPの代わりに採用された要素技術、それが正にPTPでした。また、現在の5G通信の基地局同士もその多くがPTPを使って同期されています。

このような背景の下、「同期結合」が心臓部である放送技術の世界でPTPを活用出来ないか?とにわかに放送設備のIP化機運が高まっていきましたが、その過程で私達は、放送技術がいかに高度な技術であるか?を再認識することになりました。

例えば、Precision (精密な) と銘打っている PTPを放送設備で利用する基準として、1秒間に8回の「Sync Interval」と呼ばれる周期でパケットのやり取りを行います。これは同期の基準に対する参照頻度が1秒間に8回である事を意味しますが、SMPTE 170-M規格に基づく昔ながらのブラックバースト(B.B.)信号の基準では、
B.B. のH(水平)ロック: 525 line x 30 frame = 15,750Hz
と実に1秒間に15,750回の参照頻度で信号処理が実行されている事が分かります。「PTPの揺らぎは1μ(マイクロ)秒以内でなければならない」と規定されていますが、放送技術は元々、n(ナノ)秒どころか、p(ピコ)秒レベルの精度を扱ってきた訳です。

図1: SMPTE 170-M ブラックバースト信号の仕組み

他方、GPS信号を受信出来れば世界中どこでも「絶対時刻情報」として等価になるPTPから生成されるB.B.信号は、原理上世界中で全く同じ情報になります。放送局の各スタジオ同士は言うまでもなく、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの各都市の放送設備同士を完全に同期させる事が理論的に可能になり、放送技術の歴史上全く未知の可能性が開かれる事になりました。

図2: PTPからB.B.を生成する仕組み

前回お話した「マルチキャスト通信の技術」(https://www.ikegami.co.jp/column/detail/15/) と、今回のPTPを利用した超高周波デジタル信号の多系統同期処理 (パイプライン処理)は、FPGA と呼ばれる集積回路に集約されます。これまでは4Kカメラや4K制作スイッチャーといった放送専用機器を実現する「アプライアンス寄りの最重要要素技術」でしたが、IPという汎用的なプラットフォーム上に展開する事で、PTPとB.B.と同様、これまでとは全く違う視界が開けてきます。
例えば、5G通信が普及し、誰でもスマートフォンで4K動画を発信できるようになりましたが、膨大なデータをユニキャストで処理するサーバーはどれだけ大型化、高速化しても直ぐにスペック不足になってしまいます。そこで、サーバーの負荷を軽減するマルチキャスト通信とエッジコンピューティングの技術が注目を集めています。また、自動運転の分野ではGPSの位置情報と共に、時刻情報とネットワーク上の各デバイスのクロック再生を同期させる技術はキーとなる要素技術です。
これらの処理はCPUベースのソフトウェア処理では到底追い付かないので、FPGAをコアとするアプライアンス寄りの処理をデータセンターに集約し、ユーザーにはサービスをクラウド経由のソフトウェアとして提供するというアプローチは、スマートシティ構想など、今後の社会サービスの中で核となるものです。そこではアプライアンス寄りの超高速処理は極めて重要な要素技術となり得る訳です。
放送設備のIP化は、一つにはこれまで極めて限られた世界でしか利用出来なかった放送技術を、放送以外の分野にも広げていく可能性を有するものです。他方、放送技術そのものが自動運転やスマートシティなど、これからの社会を形作っていく礎にもなり得るものと私達は考えています。
温故知新。マルチキャスト通信も放送技術も、実は長きに渡り実用化の道のりを歩んできた技術である点がとてもよく似ています。そして日本は、放送技術の技術水準が世界を見渡しても極めて高い「モノ創り」の伝統を継承してきました。今、社会全体が大きな転換点を迎えようとする中で、今回ご紹介した「古くて新しい技術」が、日本のモノ創りを将来の世代に繋ぎ、グローバル社会の中で「やっぱり日本の技術は凄いよね」と世界中から評価して貰える、そんな未来に思いを馳せて本稿を終えたいと思います。未知の世界に一緒に漕ぎ出してみませんか?

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