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ENGINEER TALKS

2020.11.30

Ikegami Engineer Talks (FPU編)- Vol.1

「お客様の夢を形にする企業であり続けたい。」 それが「映像技術のプロ」であり続けるIkegamiの願いだ。 IP&T(Image:撮像、Process:画像処理、Transmission:伝送)にフォーカスして映像技術を探求し続けるIkegamiは、どのようなこだわりを持っているのか。Ikegamiのエンジニアインタビューをご紹介します。

スポーツや音楽ライブの生中継、災害時に映し出されるヘリコプターからの映像。
遠く離れた場所の様子をリアルタイムで見ることができる、という世界を支えているのは「伝送」の技術だ。
無線通信事業を始めて、50年以上伝送技術を磨き続けてきたIkegami。
どのようなところでIkegamiの技術力が発揮されているのか。FPUの進化に情熱を注いできた上野が語る。


1987年に入社、FPUの調整検査部門にて、3年間の現場経験を積む。

1990年より、FPUの設計部門にて、開発・設計に従事。
以降、アナログからデジタルへの変遷を見ながら今日に至る。
2019年より、伝送システム部 主管の職に就く。
【モットー】
・自分が満足できないものは、お客様に満足していただけるわけがない。
・どうせやるなら、仕事は楽しく。

届ける、伝える、FPU。

まず、FPUがどのようなものか教えてください。

FPUとはField Pickup Unitの略称で、生中継や番組素材を伝送するための無線装置です。映像や音声を、マイクロ波と呼ばれる高い周波数の電波に乗せて伝送します。例えば事件や災害が起きると、中継車やヘリコプターが中継現場へ駆け付け、取材映像を撮影します。その映像をFPUの電波で受信基地局へ飛ばし、TSL(Transmitter to Studio Link)と呼ばれる無線回線で放送局へ伝送します。放送局では、その映像をもとにニュース番組を制作します。そしてその番組は、STL(Studio to Transmitter Link)と呼ばれる無線回線で送信所へ送られ、放送として視聴者にリアルタイムで届けられます。

つまり、放送に使われる無線回線の中で、現場に一番近いのがFPUということでしょうか?

そうです。そのため持ち運びやすく、すぐに使えるように機動性が求められます。放送局だけでなく、警察や消防などの官公庁でも、警備や災害状況を把握するために広く使われています。

50年以上、追求し続けてきたもの

Ikegamiは、いつ頃からFPUを手掛けてきたのでしょうか?

IkegamiではFPUを含む無線通信機器を、これまでに約1万3千台製造してきました。その歴史をたどると、1962年に製作したものが最初との記録があります。1971年頃からその数は増え、1972年2月の「札幌冬季オリンピック」や、積雪の山中で過激派が立てこもった「浅間山荘事件」の生中継に使われたと聞いています。それまでの真空管式からトランジスタ式に替わってきた時期です。極寒の過酷な環境下で安定に動かすのに苦労したことを、当時を知る諸先輩方からよく聞かされたものです。

真空管式からトランジスタ式に変わったというのは、FPUにおける大きな技術転換ですね。
1979年に開発されたトランジスタ式 FPU
「PF-701型」

「PF-701型」それまで高い送信出力を得るには「進行波管(TWT)」という真空管のパワーアンプが必要でしたが、「ガリウムヒ素電界効果トランジスタ(GaAs FET)」の出現により、半導体による高出力化が実現しました。装置の大きさや重さも初期のものに比べて半減し、運用性が格段に向上しました。この設計思想は、現在の最新機種まで受け継がれています。

その時代から今日まで、持ち運びやすさや機動性を追求し続けているのですね。
20年以上愛され続けた「PP-70型」

1983年には、手のひらに乗るくらい小さな「PP-70型」が開発されました。超小型FPUのベストセラー製品です。小さくて軽いので、中継車の屋根上に設置する時間を少しでも短縮するために、地上から屋根上へ投げて受け渡したりすることもあったそうです。時には勢い余って、屋根を通り越してそのまま落下なんてことも…。番組中継は時間との闘い、というのがよくわかります。

放送以外の用途はどうでしょうか。
デジタル放送の幕開けを築いた「PF-503型」

1995年1月、「阪神・淡路大震災」という大きな災害に見舞われました。池上はそれまでにも主に官公庁向けに、ヘリコプターからの空撮映像を無線伝送する中継システムを数多く納入してきました。GPSによる位置情報も使えない時代の1982年には既に、移動するヘリコプターから送信された電波を自動的に追尾して受信する、「HDFシリーズ」を開発して製品化していました。この大災害をきっかけに、災害状況の把握や防災の重要性が改めて認識されることとなり、官公庁や地方自治体をはじめとして、ヘリコプター画像伝送システムに対する需要が一気に増す結果となりました。

放送分野だけではなく、公共分野向けのヘリコプター用のシステム開発もしているのですね。 その後の2000年頃は、放送の世界ではアナログからデジタルへと大きな変化がありましたが、FPUに関してはどうでしたか?
中継スタイルの可能性を広げた「PP-90型」

1995年には、800MHz帯によるデジタルFPUの第1号機が完成しました。デジタルFPUは、情報を無線に載せるための「変調」の方法やプロセスがアナログとは全く異なるのに加えて、無線部にも高い性能が要求されます。参考にできる技術文献も限られていた中、その開発は試行錯誤の繰り返しでした。そして2001年、デジタルFPUとして初の量産機となる「PF-503型」が開発されました。
2010年代に入ると、携帯電話やスマートフォンの急速な普及に伴って、中継の形態も多様化してきます。2016年には、1.2GHz帯と2.3GHz帯を使った手のひらに乗る超小型FPUの、「PP-90型」が開発されました。アナログに比べてデジタルFPUは回路規模が大きく処理も複雑なため、小型・軽量・低消費電力化は決して容易でなく、大変な苦労の末の完成でした。またこれまでのFPUは、実用性が第一で無骨なデザインのものが殆どでした。この製品ではデザインにも大きく力を入れた結果、2016年度グッドデザイン賞を受賞しました。マラソンやゴルフなどのスポーツ中継のほか、ワイヤレスカメラとして音楽番組の制作などに幅広く活躍しています。

中継形態が多様化する中でも、信頼性の高いFPUの存在が重要な役割を果たしているのですね。 小型化を実現するために、どういった課題と向き合ってきたのでしょうか?
これからの新時代を切り拓く「PF-900型」

より高精細度の映像が伝送できることに加えて、IP機器を接続してデータやファイル伝送も可能になりました。大型液晶画面により操作性を向上させ、中継業務をより効率的に行うための様々な支援機能を搭載するなど、時代を反映した最新のFPUが完成しました。

他社の追随を許さない、小型化の技術。

IkegamiのFPUにこんなに長い歴史があるとは知りませんでした。長年開発を続けてきて、Ikegamiならではの特長というのはあるのでしょうか?

FPUは、あくまでも「信号の通り道」を提供することが最大の役割で、いわば「土管」のような存在です。足し引きや色付けは一切なく、入力された信号がそのまま、ただひたすら誤らずに滞りなく出力されることこそが、最も良いとされる装置です。メーカー間の互換性も求められることから、標準規格に準拠する必要があります。このためFPU単体製品として独自性を出すことは、実はなかなか難しいのです。
そんな中で「Ikegamiならではの技術」として、「小型化の技術」が挙げられます。アナログ時代のPP-70型や、デジタル時代のPP-90型に象徴されるような「超小型」と呼べるFPUは、未だに他社の追随を許していません。小型・軽量・低消費電力化は、緊急報道の機動性に大きなアドバンテージを与えます。ドローンへの搭載も可能となり、新しいアングルからの映像による生中継など、番組制作の幅も大きく広げます。それを実現する小型化の技術は、Ikegamiで長い間に培われ受け継がれてきた、いわば「伝統の技」ともいえるでしょう。

中継形態が多様化する中でも、信頼性の高いFPUの存在が重要な役割を果たしているのですね。 小型化を実現するために、どういった課題と向き合ってきたのでしょうか?

単に小型化といっても、ただ無理やり小さく詰め込めばよいというものではありません。特にデジタル化されたばかりの頃は、現在のように性能が良く小さくまとめられたデバイスも少なく、大変苦労しました。狭いスペースに多くの回路を高密度実装すると、隣り合わせの回路が影響し合う「干渉」の問題が起こります。干渉は、伝送品質の低下をはじめ、様々な問題の原因となります。これを防ぐことはとても難しく、回路だけでなく材料や構造に至るまで、とても幅広い知識と経験が求められるのです。
また熱の問題も考える必要があります。FPUは、厳寒で強風が吹き荒れる真冬の中継局から、強烈な直射日光が照り返す真夏のスタジアムまで、屋外のあらゆる過酷な環境下で、安定して映像を伝送できなければなりません。小型化するほど、処理できる熱の量も小さくなるため、特に高温下での装置の放熱性能が問題となります。一般にICなどの半導体は、周囲温度が高くなるほど消費電力が大きくなる傾向があります。消費電力が大きくなると、更に発熱して温度が高くなるという悪循環に陥る可能性があります。これは「熱暴走」と呼ばれる現象で、装置に致命的なダメージを与えかねず、絶対に避けなければなりません。
超小型FPUの開発を通じて、苦労と失敗を繰り返しながら、今日まで数えられないほどの技術を蓄積してきました。その技術はかけがえのない財産として、IkegamiのすべてのFPUに広く活かされています。製品の外面だけでなく、外部からは決して分からないような内部の細かな部分にも、Ikegamiの強みは多く隠されているのです。

5G時代に、何故FPUなのか?

モバイルデータ通信の普及によりFPUを取り巻く環境も大きく変わってきていますよね。今後5G(第5世代移動通信システム)の整備で、更に変わってきそうです。いつでも・どこでも・誰でもが、映像を撮って送ることができる時代のFPUの役割について、どのようにお考えですか?

大きな違いは、モバイル回線は契約すれば誰でも使える公衆回線なのに対して、FPUは放送局に個別に免許が与えられた専用の自営回線である点です。モバイル回線は混み合うほど通信速度が下がるので、映像だとモザイク状になったり動きが固まったりします。いつどのぐらい混み合うかの予測も、とても困難です。報道現場に多くの記者が集まったら回線が混み合って、本番で満足な映像が送れないということも起こります。一方FPUは専用回線で混み合うことがないため、常に一定の放送品質での伝送が保証されています。また災害などで停電が発生した場合、モバイル回線の復旧は電力会社や電話会社頼みとなるのに対して、FPUなら発電機を搭載している中継車などを使えば、自前の設備だけですぐに中継が可能となります。

有事の際にも外部要因に左右されずに安定して運用できる、ということですね。

実際の例として、2019年9月の台風15号により、大規模で長期にわたる停電が発生しました。このときいくつかの放送局は、取材のためモバイル中継装置を持って現場へ急行したそうです。ところが、広範囲にわたる停電のために回線システム自体が機能しておらず、まったく使えないという状況が長く続いたそうです。モバイル回線では、送受信点の半径数キロメートル以内に、電波を中継するための基地局の存在が必要です。また通信を確立するためには、基地局や交換機など多くの設備を経由する必要があります。これに対してFPUは、条件さえ整えば50キロメートル先にも直接伝送することが可能です。例えば、千葉県内から東京湾越しに都内の放送局などに向けて送信すれば、素早く自前で回線が確保できるのです。この災害を教訓として、FPUの存在価値や必要性が改めて認識されています。 もちろんモバイル中継は、カメラとモバイル端末とインターネット環境さえあれば、自前で大掛かりなインフラを持たなくても手軽に中継が行えるなど、FPUにはない優れた特長を持っていると思います。ですから今後は、それぞれが持つ特性を十分に活かしながら、その場面や状況に適した中継手段として使い分けていただけたらと思います。

最後に、FPUへの想いを教えてください。

放送が担う重要な使命のひとつに、「情報を如何にして正確に、早く、安定して視聴者に届けるか」があると思います。FPUは、その大きな一端を担っています。FPUの歴史をたどると、それは必ず社会的な大きな出来事の歴史と繋がっていることからも明らかです。インターネットやモバイル通信の登場により、FPUを取り巻く環境は大きく変わりつつあります。放送の形態自体も今後、変わってゆくかも知れません。10年後、20年後を予測するのはなかなか難しいですが、少なくとも無線通信機器が果たす役割は、変わらずに大きいでしょう。これからも製品の開発を通じて放送の一端を担い続けられるよう、次の世代に向けて繋げてゆきたいと思います。

次回は、Ikegami「伝統の技」とこだわりが詰まった超小型FPU「PP-90」のEngineer Talksをご紹介します。

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